境界を越える幸せ

21世紀社会デザイン研究科 立花ゼミ 平和教育班 ハンドルネーム:中岡ともの のブログ
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いっぱいある

ドイツに行く前にやりたいことがいっぱいある。

多くの友人とゆっくりと別れを惜しみ、
これまで二の足を踏んでいた曲をマスターし、
論文の準備をしたい

だが時間はまってくれない
刻一刻と出発の日はちかづいてくる
毎日やれることを精一杯やる

それしかない。



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[ 2011/06/28 01:34 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ドイツにいくことになりました。

いまだ困難な生活をされている被災地の方にお見舞い申しあげます。

実は2月末にドイツ・ボンへの1年間の派遣留学が決まりました。
しかしながら、その直後、震災が起き、なかなかこのブログで
報告する気分になれませんでした。

3ヶ月経って、ようやく前に進める気がしてひさびさにUPいたします。

正直、今回の震災で、ドイツにいくべきかいろいろ迷いました。
しかし、21世紀社会デザイン研究科は、NPO・NGO経営を視野にいれており、
被災地域にいったスタッフの方の話をとてもよく聞きます。

話をきくたびに被災地の状況は統一直後の廃墟だらけの
旧東ドイツ地域に共通するものがあるのではないかと感じています。

それまで信じていた、あたり前にあったなにかが突如目の前から
消えていった喪失感や空虚感、やりどころのない思い
とっても確かなものがほしいけど、それがみつからない焦り
やり場のない怒り

十数年かけて統一の混乱から復興したドイツの研究は、
この震災にたいして、いま自分にできる最大限のことで、
きっといつか役にたつと信じて、前に進むことにします。

ボン大学と立教大学の協定は、昨年10月に結ばれたばかり。
つまり、私は派遣第1号になり、身が引き締まる思いです。

行く前に一度被災地に足を運べれば、とも思っています。
[ 2011/06/15 08:23 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

2年ぶりにコンサートマスターします。

ここ数年、大学院のほうに集中していたのですが、
今年の冬は思いっきり音楽しています。
2月に2つ、3月に1つ、4月に2つの演奏会に出演予定。

下記のコンサートではコンサートマスターもやります。
2年ぶりです。

人をひっぱっていくって難しいです。
でも一瞬でも、ぴたっとあうとうれしいです。
そんな瞬間が少しでも多く舞台で体験できればいいなと
思いつつ、ラストスパート中です。
よければ見に来てください。入場無料です。
_____________________

オーケストラタセット 第34回演奏会

指揮 末永隆一

日程 2011年2月19日(土)
16:00開場 16:30開演

場所 セシオン杉並
  (丸の内線 東高円寺駅徒歩5分、環八沿い高円寺陸橋近く)

入場無料!

曲目 グリーグ/ペール・ギュントより抜粋
   ドヴォルザーク/交響曲第6番

http://homepage2.nifty.com/tacet/110219concert.htm
________________________
[ 2011/02/16 22:44 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

Leidenschaft der Musik  -音楽の情熱-

日曜日は所属するアマチュアオーケストラの演奏会でした。
今回の演目は、マーラーの交響曲第1番

「第1番は失敗作である、けれども、作曲家の個性(特徴)がいちばん強く現れる」

今シーズンのベルリンフィルのオープニングも同じくマーラー第1番
奇しくも現地で聞いた演奏会前のレクチャーでそんなようなことを聞きました。
(ドイツ語だったのと3ヶ月以上前のことでうる覚えですが。。。)

この曲のキーワードは「くもり grausam」
常に雲がどこかにかかっていて、すっきり晴れない

1楽章はもやの中からゆっくりと薄明るくなって夜が明ける。そして、やわらかな光がチェロの旋律となって雲間から差してくる。
2楽章はワルツなのになんだか調子が不恰好で軽快ではない。曇り空の下での不安にかられながらのお祭り。
3楽章は本来は楽しいはずのマーチなのにどこか物悲しい葬送の曲

4楽章冒頭は、そんなすっきりしない矛盾が一気に吹きだす激しい「叫び―Aufschrei―」。

そして、矛盾だらけの世の中で生きるつらさを乗り越え、
やっと生きている実感がみえてきたところで、曲は終わる。

だから終楽章の最後も華やかなようで、やはり雲はなくならない。

この曲は私の節目節目にでてくる曲で

学生時代は練習しすぎて肩を壊し、音楽を続けるのがつらくなったり、
大好きだった伯父の葬送の曲だったり、
今年ドイツで聞いたときは、母の入院・手術(成功)に加え、知人を亡くした直後。
さらにこれからアウシュビッツに向かうという、生と死にまつわる出来事に直面していたときでした。

そして今回は、学生オケからほぼ20年ぶり。
いまのアマチュアオケに入って10年目。
最初にコンマス・トップを務めてから5年目。
学業に専念するためにしばらくトップ・コンマスはお休みしていたので、
2ndバイオリンのトップとしてはひさしぶりの再登板。

学生オケのときに熱心に指導していただいたトレーナーの先生(故人)、
母と伯父と知人の顔、
最初にトップを務めたときの戸惑い、オーケストラですごした日々、
ベルリンフィルにアウシュビッツの風景

いろんなものが頭の中でぐるぐるしながら半年の練習期間を過ごしました。

マーラーでしめくくったことが、激動の1年のすべてを象徴しているかに感じましたが、
来年はどんな1年になるのでしょうか?
[ 2010/12/28 11:15 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ミッシングリング

授業でゲストスピーカーからドイツの歴史についてお話を伺う機会があった。

ドイツではナチの過去は全否定だそうである。

それを聞いて、なぜ私がドイツのナチ時代の歴史に興味をもったかに気がついた。

その昔、ドイツでテレビ局の撮影準備のため調査をしたときに話である。

1933年のナチスの政権支配直前に逃げ出したユダヤ系の博物館館長について追っていた。

その人が住んでいた場所は、プリンツ・アルブレヒト通り33番地であった。
著名な画家や文化人が出入りしていて、一種のサロン的な役割を
はたしていたそうである。内部の写真も発見できた。

撮影隊としては住んでいたところもできれば撮影したいところである。

ところが、それを聞いた同僚のドイツ人は、
「いまはそこには何もないわ」
と即座に答えた。

プリンツ・アルブレヒト通り33番地といえば、ナチの総督府があった場所であり、
ドイツ人ならみな知っている。そんな場所だったのだ。

プリンツ・アルブレヒト通りという名前ですら、ドイツでは忌み嫌われ、
いまでは、ニーダーキルヒナー通りに改称されている。
現在は、テロのトロポグラフィーという
ナチ時代になにが起きていたかの写真展示がしてある場所である。

ユダヤ系文化人が住んでいた公館が、
ユダヤ人を迫害したナチの総督府となり、
ベルリンの空襲でいまは何もない

ユダヤ人を迫害したナチの総督府が、
ほんの数年前には、ユダヤ人のサロンだった?
いったいこの数年の間に何が起きていたのか?

美術品にあふれた館長の部屋の写真と、
殺風景な戦後そのままの廃墟後の間にある、
イメージのギャップがどうしても埋められなかった。

そんなギャップを埋めるために、自分なりにナチ時代の歴史を
追い始めたのがきっかけなのかもしれない。

そして、ナチ時代を全否定したドイツ人も
現代につながるぽっかりと失われたつながりを求めるかのように、
ナチ時代に何がおきたのか、いろいろな研究や展示が
行われているのかもしれない。



[ 2010/12/07 18:29 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)


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