境界を越える幸せ

21世紀社会デザイン研究科 立花ゼミ 平和教育班 ハンドルネーム:中岡ともの のブログ
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ヴュルツブルクと音楽の「戦争の記憶」

さきほど、立花先生から事実確認で、昨年一緒にいったベルリンの戦争遺跡のことについて電話がありました。

*現在、先生は広島・長崎にいらっしゃるそうです。先生から携帯に突然連絡あるのは嬉しい反面、少々びっくりです。

けれども、恥ずかしながら私も自信がなく、インターネットで調べはじめたところ、
自分にとって知らなかった興味深い事実もでてきたので、メモしておこうと思います。

◆エルヴィン・シュルホフ(Erwin Schulhoff)

1941年バイエルン州のヴァイセンブルク近郊のヴュルツブルク強制収容所に収容され、
翌年8月に結核のため死去。
http://imslp.org/wiki/Category:Schulhoff,_Erwin

ナチスの迫害で多くのユダヤ系音楽家が命を落としているのは知っていましたが、
実際に作曲家の名前やその曲に触れたのは今回が初めてです。

さらに、私が十数年前に留学していたヴュルツブルクに強制収容所はあったとは
聞いたことがない・・・ので少々ショック。。。
本当に強制収容所があったのかしら、といろいろ調べてみました。

強制収容所があったという事実はみつかりませんでしたが、代わりにこういう
ものを見つけました。

第三帝国の遺跡
そのなかで、ヴュルツブルクのページも・・・

青春(?)を過ごした見慣れた街角がナチスの軌跡と重なって本当に個人的に衝撃を受けました。
バイエルン州は1933年のナチスの政権掌握後、すぐにその支配下におかれたと聞いていますが、
ヴュルツブルクも例外ではなかったのですね。。。

いつかは「戦争の記憶」演奏会とでも称してこういう演奏家の作品を集めて何かできないかしら・・・

とまだまだ思い付きですが、その日のために下記に作品をメモ。ドイツで譜面も探してみたいと思います。

ヴァイオリンとピアノのための組曲(1912年)Op.1 WV.18
Violin Sonata ヴァイオリン・ソナタ第1番(1913年)Op.7 WV.24
http://www.youtube.com/watch?v=FKuDb2GGL40&feature=related


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[ 2011/07/23 13:11 ] 大学院 | TB(0) | CM(0)

出発点は違ったはずなんですが。。。

ちょっと頑張って、別の学科の雑誌に投稿する論文を書いています。

ヴァイオリンをやっていてふと感じた疑問が
いろいろ調べていくうちに面白くなってきたので、
まとめてみたいな、と思っていたら投稿させていただける場所を紹介してもらったのです。
(査読つきですけど。。。)

テーマはドイツの女性作曲家の作品について。

少々畑違いですが、調べていくうちに、
これ自分しか書けないよな、と思ってしまったり
読んでみたいといってくれるオケの人に出会うと、
つい頑張って書いてしまうのでありました。。。
今回は音大の図書館にまで足を運び、
コピー150枚ぐらいのドイツ語の資料にも目を通してしまいました!

けれども、ひととおりまとめおわってみると、
いきついた先は国民国家主義、
つまりナチスの悪影響。。。

いまの研究テーマのベースと一緒です。。。

自分からでてきた疑問というものは、
自分が重要だ、と思っている問題意識に
結局はつながってしまうようです。

[ 2010/10/12 02:39 ] 大学院 | TB(0) | CM(0)

一年生になりました

修士論文を提出して早3ヶ月が過ぎました。

その間に口頭試問と受けて、また試験を受けて、卒業式に出席し、
いまも大学院にいます。

ぴかぴかではありませんが、また1年生になりました。(博士後期課程)

というわけで、

修士のときと変わらず、立花先生の猫屋敷で野良猫観察ブログを続けていきます。

前より少し広い視野で文章をつづれるようになればいいな、と思っています。
[ 2010/04/20 00:28 ] 大学院 | TB(0) | CM(0)

歴史と友愛

立花先生からの下記のお題に答えてみようと思います。
_____________________

【お題】
10/26に鳩山首相所信表明演説がありました。この所信表明演説を受けて、自分の選択テーマに関する視点から言及できれば、ブログにレポート記事を掲載してみてください。
_____________________

私のテーマはドイツの成人教育です。
ドイツは社会システムすべてにナチスの反省が入り込んでいる国です。ナチスの責任を共有することが、この国のアイデンティティであるといっても過言ではありません。

教育のなかでもホロコーストをいかに伝えていくかが重要なテーマとなります。
そして、歴史観の変化、つまりユダヤ人迫害はドイツだけの責任ではなく、ヨーロッパ全体の責任である、ドイツ人も被害者である、というナチスを含めて第2時世界大戦の歴史認識が変わる中で、ドイツ人も「EUのドイツ人」としての地位を築きはじめています。

しかし、日本はどうでしょうか?
アジア諸国で第2次世界大戦でしたことについて、ドイツのブラント首相のように謝罪し、真摯にその十字架を背負ってきたでしょうか。

鳩山首相の所信表明演説は、立派です。
21世紀社会デザイン研究科がまさに目指していることだと思います。
しかし、未来への視点はあっても、その未来の土台になる過去についてはどうでしょうか?

過去に起きていたことの根本には、日本人が優れていて神風がやってくるという思想のもと、
日本人以外を差別したり、女性を下にみていたり、とにかく自分より下になるものをつくって、
自らの優越感を保持する考えが国民にあったのではないでしょうか?
それはナチスドイツのユダヤ人への考えや、選民思想とどう違うのでしょうか?

そして、その考えはいまの日本から消し去ったといえるでしょうか?

けれども、私は、最近、在日の問題や、日本企業がアジアにでていくときに日本人管理者が多様性のあるダイバーシティの職場を管理できない話を聞くと、まだその思想が根強く日本人の中にこびりついるのがその原因ではないか、という気もするのです。

だから、鳩山首相の望むアジアとの未来の友愛を築くためには、過去も真摯に見直すことが欠かせないのではなかと考えるのです。

せっかくの新たな時代の到来です。
未来のためにも、過去の視点もあわせもちつつ、前に進んでほしいと思います。
[ 2009/11/06 05:32 ] 大学院 | TB(0) | CM(0)

隣の研究科~環境教育の講演会

立教大学の独立研究科には21世紀の他に、ビジネスデザイン、異文化コミュニケーションとあわせて3つの研究科があるのですが、先日、異文化コミュニケーションが主催する環境教育の講演会に出席しました。

異文化コミュニケーションに環境に力をいれてた領域があるのは知っていましたが、イベントに参加したのは初めて。
公演内容よりドイツの関係者がいらっしゃるというのでドイツ語聞けるかなぁ、ひさびさにドイツ語話したいからドイツ語で質問しちゃおうかなぁと思っての出席でした。
♯残念ながらもくろみ外れて、ドイツの方は欠席、フィンランドの方のみのお話と質問&討議、ということになったのですが。。。

公演内容は興味深く結局最後まで聞いて質問(日本語)までしてしまったのですが、
けれどもみていて気になったのが、質疑応答のところで、ちょっとフィンランドの方が苛立っている?と感じたことです。
少しうがった見方かもしれませんが、質問の内容が、

フィンランドは環境教育先進国

を前提にたっているものが多かったせいかもしれません。
彼がしたかったのは、討議で、教えにきたんじゃない、学びあおうよ、っていうメッセージが聞こえました。

それは、

フィンランドだって、成功したことだけではない。
日本だって、トヨタがすばらしいことを行っている、

という発言に現れていると思います。

そういえば、昔韓国の映画祭に取材にいったときおんなじこと感じた気がします。
日本から吸収しよう、って空気はいいんですが、
韓国にもいいものあるんだから、こっちも吸収したいんだよ、
っていうのがなかなか伝わらない。。。

先をいくやり方を一方的にならうのではなく、自らの足元にある価値観をのせて、
新たな方法を探りだす、

それって、

中央のやり方ではなく、地方のよいところを探しだして、
そこにフィットした地方自治や、ソーシャルビジネスを起こして地方を再生する、

という21世紀でも何度かでてきているような話と似ていて、

「互いの価値観を認めあいつつ、新たな方法を探る」

というのは異文化と21世紀の共通点なのかな、と思いました。


[ 2009/10/10 22:07 ] 大学院 | TB(0) | CM(0)


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