境界を越える幸せ

21世紀社会デザイン研究科 立花ゼミ 平和教育班 ハンドルネーム:中岡ともの のブログ
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夢をかなえた?手帳

気が付けば、今年もおわり。

春に博士課程に進んでから、
夏のドイツとポーランドへ研究調査
秋の学会

とまたたく間に時は過ぎ、

いまは冬

立教のツリーが、これまでに比べ、輝いてみえます。
頑張ったご褒美かなー

4月の博士課程入学と同時に
10年先の自分の理想とそれに向かっての今年一年の計画を書き込む
「夢をかなえる手帳」というものを購入しました。

そこに書き込んだ12月までの計画はほぼこなしました。

そして、4月以降の予定も入ってきたので
手帳の期限が切れる3月を待たずして、
1月始まりの手帳を新規購入しました。

来年12月までのどんな「夢」をこの手帳に書こうか、
目下思案中です。
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[ 2010/12/21 16:56 ] 日常生活 | TB(0) | CM(0)

手づくりの価値って?

日曜日、うららかな陽気に誘われて雑司ヶ谷の鬼子母神で月一で開催されている手作り市に行ってきました。
http://www.tezukuriichi.com/

なにかのフリーペーパーでみつけて気になっていたのですが、
最近はいろいろなメディアに取り上げられているらしく、
お天気のよさも手伝って結構な人手でした。

けれども、、、出店も結構な数でした。

いくつか惹かれたものはあったのですが、結局その場で買った
ものはパンやお菓子などの食べ物のみ。

似たような出店が多くて、購買の決め手となる
インパクトのあるグッズがみつからなかったのです。

要は、「これって、私のためにつくられたんじゃないかしら?」
なんて運命的なものに出会えなかった感じです。

洋服は、そんな運命的なものを感じる時があってたまに衝動買い
してしまいますが、そういう運命的なものって、手づくりではもっと
感じられていいと思うのです。

なぜって、世界にひとつしかないはずだし、「自分のために生まれてきた」とより強烈に思えるから。

けれども売られていたのは「てづくり」という点では共通だけれども、
同じようなブックカバーだし、
同じような癒し系の猫のモチーフの小物だし、
温かみがある木の箸やさじだし、
比較しようにも差がみつからない。

てづくりってこの世にひとつ、だから価値があると思うのですが、
同じようなものが並んでいると、どうしても価格で比較してしまい、
運命を感じなくなってしまうような気もします。

この市、6月から審査のうえ出店が決定することになったそうです。
つまり、出店のしぼりこみです。けど、そのほうがいいと思います。

「てづくり」がブランド化するあまり、本来の「てづくり」=一品モノという価値が失われることを防ぐためにも。
[ 2010/04/20 00:46 ] 日常生活 | TB(0) | CM(0)

思い出を語るきっかけ

私ごとで恐縮ですが、伯父が他界しました。

その際に親戚が集まったのですが、
伯父の思い出話をしているときに、
親戚の話題が、戦中・戦後の話になり、
疎開の時のこと、収容所の経験などを語り始めました。
*私がドイツの研究をしているといったら、収容所にいたドイツ人の話をはじめられたのです。

以前授業で、先生から
「両親から戦争の話を聞いたことがあるか」
と聞かれたことがあります。

けれども、母から聞く話はあまり悲惨なものではなく、
疎開先で、離れが与えられたが、兄弟3人で寝そべると
穴があいた屋根から星が見えた、とか、
なんとなく穏やかなものが多かった。

ところが、その母も、戦争中の父親の話をし始めたのです。
祖父は軍需関連の工場で勤めていて、兵役にいかなくて済んだこと。
子どもたちを兵隊にいかなくていいように(というデマを信じたのかもしれませんが)
軍需関連の機械を家に購入していたらしいこと、など。

人は、何かのきっかけが与えられると、昔の記憶がよみがえるのでしょうか?

伯父の告別式の翌日、
戦中・戦後の生活風景が展示された昭和館にゼミで見学にいきました。

感想はいろいろありますが、とにかく今度、母と一緒にきてみたいと思いました。

母は、昔の記憶に触れて、一体、何を語りだすのでしょうか。。。
[ 2009/11/15 21:34 ] 日常生活 | TB(0) | CM(0)

回数券はシステムに含まれないのか?

先日通勤経路を変更してから、非接触型ICカードではなく、磁気カードの定期にして、回数券を組み合わせて使っています。

たいがいは会社帰りに大学院に寄ったり、オーケストラの練習にいったり、友人に会いに向かったり、ともかくまっすぐ帰ることなどほぼない!
あと、民営系の非接触型ICカードをすでにもっているので、2つもつのは管理が面倒くさそうだったのです。

ところが、、、磁気定期券と回数券を組み合わせて使用すると、改札を出る時は窓口に回らないといけないのです。精算機も、自動改札もだめ。
そして、たいがい1人しかいない窓口は、道を聞く人や、間違えて切符を買った人の対応で混んでおり、急いでいるときはイライラします。

友人に話すと「ICカードへ移動させたいんだよ!」と口を揃えていいます。
けど、そのひとことで済ませてしまっていいのでしょうか?

ときどき、料金収受を間違えていたとお詫び広告が出ていますが、自分がそれに該当するかを、これだけ移動していると洗い出すのは手間です。
それと、窓口で回数券だけ受け取って磁気カードをそのまま渡そうとする係員に「出場処理しないんですか?」と毎回チェックしないといけないのをみると、係員もsuicaのシステムにすっかりなれてしまって、非マニュアル対応ができなくなっているんじゃないのか?と思ってしまいます。

しかし、回数券と磁気カードだとその心配はないので、余計な料金はとられていない+少しだけ安くなるのは明白です。

けれども、未使用の回数券の処理も目の前でしないことも多いので、係員が着服したりとかしないよね?と、あらぬ疑いをかけてしまったりします。
「定期券出場処理しますね。」「回数券も使用処理しますね」と、スーパーのレジで値段を読み上げるように作業すればこっちも安心するのに。

日本ってシステムにいれることで、無自覚なままお金が引かれているということが多くないか?と、確定申告をしなくてよくなったけど、天引きの計算方法がだんだんわかんなくなっている元フリーランスの自分の給与明細をみながら、たまに思います。

たかだか数百円の割引のために、窓口のイライラに耐えながら回数券を使用するか、便利さに負けてICカードにするか。。。ここ数カ月結構葛藤していますが、「21世紀の新しい社会システムをつくる」21世紀社会デザイン研究科の学生として回数券を捨てると大事なものをなくすような気もするので、

意地でも回数券は使用してやる!

って思ってしまうのは、考えすぎで、単なる意地なんでしょうか?
[ 2009/05/17 07:38 ] 日常生活 | TB(0) | CM(0)

パンデミックと食の安全とジェンダー視点?

連休中はほぼ毎日家におりました。出歩いても近所だけで、電車に乗っておりません。

週明けに大学院の中間報告会があるので、先行研究をある程度まとめておこう、というのと、連休明けたら仕事だ、オーケストラだ、奨学金の面接だでバタバタするのは目に見えているので、少し論文を進めておこうという殊勝な気持ちもありましたが。。。

やっぱり人間尻に火がつかないとやらないものです。。。思ったより進みませんでした。。。

で、いったい、連休中は(昼寝以外)何をメインにしていたかというと、

食材買い出し&保存食づくり、です。

パンデミックが始まると外出は最低限になるので、3週間ぐらいを目安に家に食料の備蓄をといわれております。マスコミはそのことをあまり報道していませんが、食料をめぐってパニックになる可能性もありますものね。。。
♯このブログは幸か不幸か社会的影響力がないと思われるので、思い切って書いてしまいますが。

いつもより多めに食材を買って、昔雑誌にでていてやってみようと思っていた食材保存術を実践していました。主には、いつでも使い回せるように半加工の状態までつくりこんで冷凍室につっこむというのを繰り返していましたが、やってみて思ったのが、意外といまの備蓄状態でも私の場合は3週間もつのではないか、という感覚です。

もともと家に食料がないと落ち着きません。これはドイツに留学していたときの習慣がまだ残っているからかもしれません。ドイツでは一部の大都市を除き、土日や夜はレストランなどの飲食店やガソリンスタンド以外は閉まってしまいます。とくに私が留学していたのは地方だったので、店の開店時間にはいつも気をつけて、少し多めに買い物をしていました。そうでないと、土日や夜にお腹はすいたときに何を食べればいいの!という恐怖感にかられてしまったのです。

しかし、ドイツの友人は、そこまでの恐怖感にはかられていなかったような気がします。
それは、食文化として冷蔵庫の常備されているチーズとハムとパンを朝と夜に同じメニューで食べるという「kaltes Essen=冷たい食事」が基本で、日本のように一汁三菜が理想とされる文化ではないからなのかもしれません。

けれどもそれ以上に、食を保存するという習慣があったからなのかもしれないと思うようになりました。きっかけは、21世紀社会デザイン研究科の北山晴一教授の近著「世界の食文化 フランス」に載っていた7人家族の家庭の豊富な食材が地下室にある写真をみたからです。手作りジャムや果実酒に缶づめ、ジャガイモなどなどが山のようにつまれた食材庫は宝の山のようです。ドイツに住む友人のマンションの地下にもトランクルームがあり、そこは季節外のものと保存食料がいっぱいでした。
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96%E3%80%8816%E3%80%89%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9-%E5%8C%97%E5%B1%B1-%E6%99%B4%E4%B8%80/dp/454004088X

考えてみれば、ドイツだって、kaltes Essenのチーズもハムも保存食だし、ドイツパンも酵母を使わないハードパンなので、結構日持ちするものが多いです。
♯年代差がありますが、ハイジでおばあさんが食べていた黒パンといったらイメージが沸くかもしれません。

日本だって、田舎にいけばおばあちゃんが梅干しをつくったり、沢庵をつくったり、粕漬けや干物など多くの保存食材があります。けれども、パンデミックのことを考えた時に、まっさきに考えたのは冷凍食品でも買い込んでおこうか、ということでした。実際つくったのも、冷凍庫を活用した保存色ばかりです。電気がとまったらアウトですね。。。

それは、核家族化の進行が大きいのかもしれません。昨年履修した内山節先生が、梅干しなどの保存色は「老人がいないとできない。」とおっしゃっていたことを思い出します。
http://uthp.net/index.htm
一日中、梅をひっくり返したり、天気の具合をみて今日はどこまで進めるなんていうことは、働きざかりの年代は無理で、家にずっといて時間がある老人しかできないということです。
その結果、働く盛りの年代が中心の核家族は食がサービスとして外在化し、昨年の餃子事件のように原材料や添加物など自分が何を食べているかわからず安全な食が求められているのにもつながってくるのではないでしょうか?

でも、核家族化がどうのとか、いう前に洋の東西を問わず、そもそも女性は、採集を生業としていたとのことなので、食料を貯めこむ癖があるのかもしれません。

親戚や実家にいくと、「なんでこんなところから???」と思うようなところから、叔母や母が乾麺とかもらいもののお惣菜などを取り出して、余っていてもったいないから、といわれてそのままありがたくいただいて持って帰ることもありますし。

3週間の食材保存の指針を出しているのは

「おい、飯!」

と奥さんにご飯を頼りっきりにしている男性の官僚の方で、女性からみれば、「3週間ぐらいどうってことないわよ!」と思われているのかしれません。

つまり、ジャンダー視点が足りないから、マスコミが取り上げないだけかもしれませんね。。。
[ 2009/05/06 23:30 ] 日常生活 | TB(0) | CM(0)


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