境界を越える幸せ

21世紀社会デザイン研究科 立花ゼミ 平和教育班 ハンドルネーム:中岡ともの のブログ
境界を越える幸せ TOP  >  2010年07月

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アマチュア音楽家の慣習行動

7月に演奏会が2つあるので、週末はそれぞれのアマチュアオーケストラの練習で埋まる毎日です。
練習も段々熱が入ってくると、指揮者の指導の仕方の熱くなってきます。
そして、時に笑えるときも。。。

「ここはダー!と弾いて」
*最後まで粘り強く弾き切ってってことかなー?

「イタリアの太陽だよ!」
*えーと、ここからは底抜けに明るい雰囲気で表現ってことかな?

「愛してるー、愛してるんだ、愛しているんだよー!」
*同じフレーズだけど、形を変えてしつこくってことを表現しているのですが、練習中にそんな叫ばれても・・・

「(どぎつい香水ではなくて)みんな、石鹸美人でしょー」
*存在感を示すように目立つような出方ではなく、ふわっと出てきて、ってことらしいです。

とくに、いつもは奏法や曲の構造の説明や理論で攻める先生が、たまにそうやって熱くなると笑いをこらえるので必死。

プロの演奏家の間ではきっとここまでならないかもしれないとも思います。
共通のコードとか、体得されたあわせどころとか、いいかえれば音楽家のハビトゥス(慣習行動)を音楽大学や長年の練習や経験で身につけているから。

ところがアマチュアはそうはいかない。音楽的背景も経験も考え方もばらばら。
本番まで時間があるときは、そういう音楽家の間での理屈や理論を素人にもわかりやすい言葉での表現を探す先生も、あせると最後はイメージをつくって、そこにみなの音楽の方向をまとめようとするのかもしれません。

けれども、共通の慣習行動がないアマチュアの一体感って音楽とは別なところにあるのかも?って思う時もあります。
それは、練習が終わったあとの毎週の飲み会や合宿で培われるコミュニケーション。
演奏会でどんな事故がおきても、「あ、XXパート出遅れた!」と思ってもあせらないで
音楽がとまらないでいられるのは、普段の練習でなく、飲み会の成果かな、と思う時もあります。

アマチュアオケってプロになるわけでも儲かるわけでもないのに、やっている意味あるの?
っていわれるときもあるんですが、やっぱりそういう「趣味」という名の、効率化からはほど遠い「無駄」な時間って必要じゃないんでしょうか?

と試験対策でプリュデューの本を読んでいて感じました。



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[ 2010/07/06 07:10 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)


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