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21世紀社会デザイン研究科 立花ゼミ 平和教育班 ハンドルネーム:中岡ともの のブログ
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パワハラと紛争

9月になって大学が再開しました。
この間に自分の論文もいろいろ発展(?)を遂げて、自分でも予想していない方向に向かっています。

論文の骨子を先生に発表するときに常々思っていたのですが、そのときに指導していただく先生や、自分がおかれている状況に左右されることがとても多い。

ふらふらしているというわけではなく、いろんな視点からみて共通のものを引き出すことで、それ以外のものがそぎ落とされ、さらに鋭利なものになっているような感じです。

例えば、休み前に危機管理の先生と紛争や戦争、戦争反省について話をし、そこからドイツの人権教育について深く考える示唆をいただきました。

ドイツの戦後教育は、ナチ・ドイツの戦争責任をいかに扱うかが骨子となります。
ナチ・ドイツのような暴走が行われないように、
政治的に自由に発言する権利を認め、
他民族をはじめ相互の価値観を認める人権教育が行われています。

ナチ・ドイツ時代にはさまざまな抵抗運動がありましたが、結局それらはすべて弾圧されました。
その運動をみなが理解し、支えれば、暴走は防げたかもしれない。
だから一人一人の価値観が大事にしあえる社会をつくろう、
それがドイツの人権教育へとつながっていると理解しています。
国連の人間の安全保障にも近い考えです。

しかし、世界を見渡すとホロコーストは繰り返され、人権が認められていない状況があまりに多い。
とくに女性がその対象になり、若くして結婚させられ出産させられ命を落とし、売られ、病に感染し、教育を受けられず、、、
それらはすべて戦中に行われていたことが形をかえて現われている気もする。

国民国家が富国強兵・兵力増強という「男は兵隊、女性は産めよ増やせよ」
という男社会を前提に成り立っているならば、
国民国家以降の新たな社会は、
「男は仕事、女は家庭」という現在にあわせて変質したジェンダー思想をみつめなおすことから
何かが始まるのではないかと感じ始めています。

そして、人権や自尊心が守られないという点では、
セクハラ・パワハラも同じかもしれない。
それらが男中心といわれがちな企業社会における病であるなら、
国民国家と同じようにジェンダー思想から見直す必要があるのではないだろうか?
さらに、その問題を考えるとき脳裏に浮かぶ、「日本は嫉妬社会である」という
先生の言葉にうなづくことも最近妙に多い。

けれども、企業の中で身近な人権を守ることができれば、
それを積み重ねることが、紛争のない社会へとつながるのではないだろうか。

という考えに、夏休みの間に行きついた結果、
教育、歴史、ジャンダー、CSRと論文がとどまることなくこの期に及んで拡大していき、
あと半年でどうやって納めるのかな、と自分自身も恐怖を覚えながらも、
研究の楽しさをかみしめつつあるところです。
そのような中、立教での最後の学期となる後期の授業に臨みます。
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[ 2009/09/20 07:53 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)
とりあえず
家族が平和であればが・・・すべての基本だと思っています。

飲むかぁ。
[ 2009/09/21 17:39 ] [ 編集 ]
突然ですみません
今ドイツに住んでいる者です。立教の大学院を二年前に修了し、こちらにきたので、とものさんの書いていらっしゃることと、リンクすることが多くて興味深く拝見しています。
これからも、時々訪問させてください。楽しみにしています。
[ 2010/10/08 05:38 ] [ 編集 ]
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